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2021年8月27日更新 投稿者

パナソニック(株)様のアクセラレーションプログラムのお手伝いをいたしました~広島県福山市の教育から学ぶ~

 

 パナソニック(株)様のアクセラレーションプログラム

 

パナソニック(株)様では、本社のコーポレーションイノベーション戦略室が中心になり、社員の皆さま向けにアクセラレーションプログラムを実施されています。

世の中の変化が激しい中で、既存にない新規性のアイディアを事業化する、その強い思いのあるメンバーがプログラムを推進されています。

これまでも、弊社団代表の澤は、会津でのパナソニック(株)様のプログラムにメンバーとして参加するなどのお手伝いをさせていただいておりましたが、今回、このプログラムのアドバイザーをされている、西会津町CDOで会津広域地域デジタル戦略アドバイザーの藤井靖史さんからのお声掛けもあり、「フィールドリサーチ」とその中の「ワークショップ」のお手伝いをいたしました。

 

 

フィールドリサーチの設計

 

フィールドリサーチのテーマは「教育」

テーマをいただいた当初、どちらかと言えば保守的な学校現場から新規性のアイディアに繋がる何かを見出すことの難しさに、お引き受けしてよいものかどうか躊躇しました。

 

しかしながら、学校教育は、学習指導要領の改訂、GIGAスクール構想など、大きな転換点にあります。

その転換点を、学校現場がどのように乗り越えようとしているか、その現場を知ってもらうことで、そこから何かを学ぶことができるのではないか、そういう視点でフィールドリサーチの設計をさせていただくことにしました。

 

フィールドとしてご紹介する候補先にはいくつかの教育委員会が頭に浮かびましたが、中でも特に「変化」を感じられるフィールドとして、私が政策アドバイザーを拝命しており、「学びが面白い」を標榜し、教え込む教育から自ら学ぶ教育への転換、そのための教員の意識改革を進めてきた福山市の学校現場を選択しました。

福山市の学校教育には、他にはない特色があります。それを踏まえて、以下のような流れを想定しました。

  • 福山市にある、公立小学校で初となるイエナプラン校、常石小学校(現在移行段階で、来年度本格的に開校となります)をフィールドリサーチの対象にして、オンラインで、子どもたちの今(学校の様子や授業内容)をしっかり見ていただく。これは、皆さんの頭の中にあるであろう、自分たちが経験した小学校との大きなギャップを感じてもらえると思ったからです
  • 次に、福山市の学校の先生方を複数お招きしてワークショップメンバーの方々と自由に質疑・議論を行い、オンライン視察で気づいたことを元に、疑問やアイディアの種の深掘りができる材料を集めていただく
  • その後のデザイン思考によるアイディアのブラッシュアップの過程で、思考整理のお手伝いをする

 

実際、福山市では、同じようなデザイン思考によるワークショップを一昨年に実施しており、これに三好教育長もご参加いただいていたことから、本件についても快諾をいただき、パナソニック(株)様福山市教育委員会という、新規性を求める両者をつなげた面白いフィールドワークを実現できたと考えています。

 

 

教育先進校としてご紹介する常石小学校

 

前述のとおり、常石小学校は、日本の公立校では初となるイエナプランスクール認定校として来年度、2022年に開校する予定です。

 

開校に至るまでの広島県福山市の教育を取り巻く状況についてお話しますと、同市では、市教育委員会の三好教育長のリーダーシップのもと2016年から始まった教育改革「福山100NEN教育」において、「学びが面白い!」をスローガンに、「変化の激しい社会をたくましく生きる子どもを育てる」ことを目指して数々の先進的な施策を既に実施していました。

 

例えば、改革初期には市内2校の小学1年生の学ぶ過程を調査して「子ども一人一人の理解する過程や方法、スピードは異なる」という結果を得たことにより、従来の授業形態を見直して新たな試みを取り入れるために、学びづくりパイロット校として、希望があった7校を指定。

「子どもがどう学ぶか」という視点をもとに、教科横断型の授業や、異学年が一緒に学んだりするカリキュラムを実施し、子どもたちが自ら課題を発見し、友達と話し合いながら解決していくことを通して「学びが面白い!」と実感できる「子ども主体の学び」を実現できるような取り組みを行っています。

 

そして、イエナプラン教育を実践する常石小学校は、この取り組みを進める中で、地域の協力も得ながらできる新しい学校です。

 

常石小学校を、イエナプラン教育を行う新しい学校とする、とするアイディアのきっかけは、三好教育長が広島県教育長の平川理恵氏の呼び掛けによるオランダ視察に同行し、イエナプラン教育に出会い、その内容に深く感銘を受けたことにあります。

教員は広島県教育委員会とも連携してイエナプラン教育を実施できる人員を選択して配置。

正式には来年度開校予定ですが、現在も移行期間として既に一部、新体系での授業が実施されています。

 

イエナプラン教育とは、ドイツで生まれ、現在はオランダで最も盛んに取り入れられ発展している学校教育です。

「子ども」を中心に据え、子ども同士の教え合い・助け合いや、違いを尊重する心を育むことを主眼に、子どもたちを異年齢のグループにして学級を編成することが大きな特徴です。

他にも、ワールドオリエンテーションという教科を超えた総合学習があり、子どもたちの「問いかけ」を起点に、子どもたち自身で問いの整理や思考探求の協議・進行を行います。また、ブロックアワーと呼ばれる時間帯には、子どもたちが「自分で学習計画を立て」それぞれのペースで学んだり、先生が取り上げた問題を異学年で考えたりしています。

 

私は、こうしたイエナプラン教育の特徴的な授業体系・子どもたちとの関わり方が、正解のない世界で課題解決を模索するというパナソニック様のワークショップの目標と親和性が高く、ひいてはメンバーの方々の学びに繋がるものが大きいのではないかと考え、フィールドリサーチ先として同小学校を提案させていただきました。

 

 

 

常石小学校の風景にみなさん驚く

 

こうしてフィールドリサーチの視察先は広島県福山市立常石小学校に決まりましたが、コロナ禍のため、パナソニック様プロジェクトメンバーの方々には、それぞれの場所からバーチャル視察していただきました。私は現地に赴き、甲斐和子校長と一緒に端末経由で校内の案内をさせていただきました。

 

約1時間の視察。みなさん、ご自身の記憶の中にある「小学校」とは全く違う風景を感じられたようで、その都度、驚きの声が上がっていました。

 

はじめに低学年(1~3年生)のクラスへ。授業が異年齢集団、つまり1~3年生までごちゃ混ぜの1グループで行われる様子をご覧いただきました。3学年にわたる学級に2名の教員がクラス担当として入り、子どもたちのサポートをしています。

教室の様子は、既存の小学校とはだいぶ違います。まず、教室に「黒板」がありません。

小さなホワイトボードが2つあるだけです。

机がなく椅子だけが丸く並べられているスペースがあり、そこに円座した子どもたちがホワイトボードのそばにいる先生の問いかけにポンポン答えていきます。

植物の成長の話をしているかと思ったら、「長さ」をどうやったら測れるか、という算数の話になったり、天気の話になったり、いろんな教科の話題が入り混じって授業が進んでいきます。

子どもたちは身振り手振りを加えながら声をあげ、立ち上がってホワイトボードに書き込んだり、他の友達と相談したり、自由に動きまわりながらも、しっかり先生とやり取りをしています。

 

続いてイエナプランの特徴の一つでもあるブロックアワーと呼ばれる授業風景を見学しました。

これは、前述のとおり、子どもたちが「自分で」「自分のやりたい勉強内容を決めて」それを実行する時間です。

今度は机に座っている子どもたちが多かったですが、紙のドリルをやっている子がいたり、タブレット端末を開いている子がいたり。

隣に座っている子と話をしながら進めている子もいます。内容も算数だったり、漢字の練習だったり、まちまちです。

 

その他にも、「授業開始・終了のチャイムがない」「勉強はどこでやってもよい。本人がそうしたければ、教室ではなく廊下で寝そべって勉強していてもOK」「廊下に掲示されたボードに生徒が興味のあることを好きに調べて書き込みしてよい」といった、子どもの自主性に任せる仕組みややり方、興味関心を追及して発表する場が設けられています。

私自身も初めての見学でしたので、一つ一つが新鮮な体験となりました。

 

 

 

先生方とのディスカッションから見えてきた、現場の先生の目線

 

その後、常石小学校の先生に加え、既存の福山市立の小中学校の先生・校長先生にも数名ご参加いただき、ワークショップメンバーの方々とのディスカッションを行いました。

メンバーの方々からは次々に質問が飛び、先生方がそれに答えていましたが、その中から注目すべき内容をいくつか紹介します。

まずは常石小学校の先生から、イエナプラン教育に移行してから「教師側」に起こった変化についてお話しがありました。

  • 生徒一人ひとりをよく見るようになった。昔はノートをとっていない、よそ見をしている、といったことで子どもを叱っていたが、今は「学びに向かっているかどうか」を起点に子どもをみることができるようになった。つまり、学びの過程にあるなら、前を向かずにプリントをやっていても、タブレットでずっと調べ物をしていても怒らないでいられるようになった
  • 授業開始・終了のチャイムや先生への「起立・礼」がないが、それでも授業は始められる。子どもを信頼して任せれば、子どもはちゃんとやっていける、ということが分かった

これらを聞いているメンバーのみなさんは、深く頷かれていました。

 

一方でイエナプランの良さについて聞くと、

異学年による学び直しや先の学びが実現できる、イエナプランだからこその良さはある。

けれど、それが他の学校形態ではできないわけではない。方法の1つであるだけ。

という答えが返ってきました。

実際、他の既存校の先生方への質疑の中でも繰り返し、

昔は先生が生徒に一律に教えていれば良かったかもしれないが、今は違う。

生徒一人一人がどんな個性を持ち、どんなふうに学んでいくのがよいか、寄り添って考えていかなくてはならない。

といった意見が聞かれたことからも、福山市の中で常石小学校だけが先進的なわけではなく、既存校の教員の方々も同じ方向を向いているということ、個別最適な学びをどう実現したらよいか、真摯に生徒の個性をみつめ、教えるスタンスを変えていこうと取り組まれているのだということが伝わってきました。

 

 

 

ワークショップメンバーの方々の反応

 

非常に内容の濃い数時間を過ごしていただけたと自負しているフィールドリサーチ、そして、先生方とのディスカッション。これらの時間を経て、ワークショップメンバーの方々からも多くの反応をいただきました。

  • 自分のころは勉強が楽しい人なんていなかったと思うが、常石小学校を視察して、ここにいる子どもたちは「学びが楽しい」のではないかと思った
  • 「学ぶ子ども」と「教える教師」の関係が進化しているのではないか。そこを深掘りして考えたい
  • 小学校の枠の中で、大学生的な学びが実践されるようになったのでは?先生と生徒が寄り添う新しい義務教育の形が見えた気がする

 

また、偶然福山市に昔からご縁のあるパナソニック(株)様のメンバーがおられて

まさか自分の知っている福山市がこんなに先進的な教育をしている自治体だったとは!

という率直な驚きの声もいただきました。

 

こうして福山市と繋がった日から数日後、フィールドリサーチの締めくくりとして、メンバーの皆様からの発表がありました。

私は、この発表に向けて、デザイン思考の一つ「進化思考」を用いたワークショップのサポートもさせていただきました。

  • オンラインでの福山市の体験の中にある、黒板の変化、学級の変化(異年齢グループ)、先生たちの感覚の変化、など、具体的で小さいもの。この集合体が実は「学校教育」という大きなものに組み上げられています
  • 小さい「種」をよく見つめることで、全体を組み替えている「それぞれのパーツ」との関係性がよく見えてきます

発表では、みなさまが、多くの「種」の中から、「これぞ!」という「種」を見つけられて、新規性が高く、かつ、事業化も促しやすい、と思える面白い事業アイディアをたくさん構築され、発表されていました。

そうした仕組みをしっかり会得され発表に繋げられた、皆さんの最後の数時間の追い込みに舌を巻きました。パナソニック、さすがです。

 

 

 

最後に

 

今回の経験は、私自身にとっても、福山市の現場の先生方とじっくりお話ができた貴重な機会でした。

常石小学校だけではなく、福山市全体として、先生方が生徒にしっかりと向き合い、個人個人に合わせて伴走する、ファシリテーター的な新しい教育の役割に舵を取ろうとしている様子が窺えて、改めて福山市の公教育の未来に大きな希望を抱くことのできた1日となりました。

お声がけくださったパナソニック(株)様、視察・ディスカッションを快諾いただいた三好教育長並びにご協力いただいた福山市教育委員会と教員の皆様、本当にありがとうございました。

 

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