2025年5月29日更新 投稿者 代表理事:澤 尚幸
Milanoに来て感じたこと
5/23はイタリアの鉄道ストライキになり、多くの列車が運休となった(通勤・通学時間帯は運行が保証されているのだけど、長距離は多くが運休)。
鉄道でのNiceからMilano入りをちょっと楽しみにしていたのだけど、急遽、バスに変更。
おかげで、NiceもMilanoも、郊外にあるバスターミナルからの出発・到着になった。
日本であれば、バスターミナルは駅前と相場が決まっているようなものだが、Niceはトラム、Milanoはメトロで繋がっていてそれほど不便ではない。逆に高速道路に近くて乗りやすい。
Niceのバスターミナルが、都市計画で遠くに移転した、という話を前回(Niceに来て感じたこと)書いたところだけど、ある意味、合理的と言えるかもしれないと思ったりもする(ちょっと治安に不安があるような気がしないではなかったのだけど)
さて、Milanoというと、都会、ファッショナブル、イタリアの中では合理的な判断が通じる街、などと言われるけど、今回はそういう話ではない。
今回の滞在の目的は、5/23〜25のPIANO CITY MILANOを体験することにあった。
きっかけは、ミラノ在住のピアニストの黒田亜樹さんに
「一度、ミラノに遊びに来ませんか?」
とお声かけを頂いたこと。
「町中で無料のピアノコンサートが開催される、ビックイベントがありますよ!」
というコメントにも非常に興味をそそられた。
以前、とある日本の都市で、「音楽祭」の企画のお手伝いをしたことがある。私が企画として提案したのは以下のものだった。
- 演奏を聴くよりは、演奏をした方が絶対に面白い。受け身で聴くのではなく、積極的に行動する、その文化がとても大事。
- 日本は、世界で最もピアノ密度が高い国と言われる。しかし、その多くは調律もされず、埃を被り、物置になっている。とても悲しい。
- そして、多くの若いピアニスト(プロ・アマチュア含め)は、演奏する機会がないのがとても残念なこと。
- だから、多くの若いピアニストも参加して、町中の至る所で音楽を奏でる、そんな音楽祭にしましょう。
提案は通ったように見えたが、実際に実現したのは、どこにでもありそうな音楽祭だった。
そして、このPIANO CITY MILANOである。
2011年から始まった、このイベントは、ミラノを巨大なコンサートホールに変身させて、街の至る所でピアノの演奏が行われる、まさに、私がやるべきだと思っていた企画そのものを実現したものだった。
2011年に、30人のピアニストによるリレーマラソンから始まり、このピアニストの行動が、市民や企業の支援拡大を通じて発展し、すでに15回を数えるまでになっている。
ミラノはもちろん、世界から(実は日本から演奏に来た人もいるという)ピアニストが集まり、多くの場所で演奏会が開催される。もちろん、すべて無料だ(一部、予約制というのがあるようだった。)
公式ホームページによれば、今年は3日間で、282のコンサートが開催されていた。
私が訪れたのは2つ。
一つ目は、スフォルツェスコ城で行われた、Vincenzo Balzani先生のプロデュースによるラベルのコンサート。先生の生徒や関係者が集まって、次々とラベルのピアノ曲が演奏される。
今年は、ラベル生誕150周年。
13:00から19:00までの長い長いコンサートだったが、私は17:00から18:30までじっくりと聞かせていただいた。
ざっと、演奏曲目はこんな感じ。
- ダフニスとクロエのピアノ版
- ラ・ヴァルス(ソロ版)
ここから2台ピアノになって
- 序奏とアレグロ
- 耳で聴く風景から”鐘が鳴るなかで”
- スペイン狂詩曲
- 左手のためのピアノ協奏曲(途中で時間切れ)
という具合。それぞれに楽しい演奏だった。ラ・ヴァルスかっこよかったなぁ。
で、何より、会場が最高。
お城の中の池のある芝生広場に、人々が集まってきて、聴いている。ちょっと立ち寄る人、しっかり聴く人、演奏者の友人、大きなグリッサンドの音にビビる子供達、など、それぞれの気分で楽しんでいる。
二つ目は、ミラノを代表するピアニスト、ブルーノ・カニーノ(Bruno Canino)の演奏会。場所は、スフォルツェスコ城から歩いて10分ほどのトリエンナーレ・ミラノ。黒田さんからお誘いを受けていて、今回ミラノに集合した黒田門下生の皆さんと聴かせていただいた。
キャッシーバーベリアンの伴奏なども含め、室内楽で非常に高名な人でもあるけど、今回はソロ。しかも、御歳89歳である。
フォーレ、ラベルのプログラム。
高雅で感傷的なワルツ、そして、道化師の朝の歌と続いた。
「え、この2曲を89歳で弾くのか」
という驚きもあったけど、何より、気づいていたら引き込まれているその演奏はなんとも言えず素晴らしかった。
会場だったトリエンナーレ・ミラノ
鳴り止まない拍手で舞台に戻ってきたカニーノさん。何か一言喋ったら観客席から笑い声。あとで、イタリア語のわかる方に尋ねたら、
「もうちょっと我慢してね?」
と言ったらしく、往年のレベルではないけど、ということを謙遜して言われたようだ。
アンコールはドビュッシーの月の光。
「あー、こうやって弾くのかぁ、、、」
といちいち学びの多い演奏だった。コンサートホールの中に月の光が輝く演奏だった。
当然、これも無料だ。
そして柔和な笑顔のカニーノ氏は、コンサート終了後、奥様と手を繋いで、公園の中を歩いて帰って行った。その2人の後ろ姿が、日常にあるちょっとした非日常のクラシックの世界、というのを表現していたように思う。
コンサート終了後、黒田さんのご家族や、黒田門下生の皆さんを含めて、楽しいお食事タイムとなり、翌日は、朝からレッスンの現場を見学させていただいた。
黒田さんがおっしゃった”この言葉”がとても印象に残った。
イタリアのピアノの演奏は、イタリア料理のように素材を大切にしている、そういう演奏だと思うの
イタリアは、作曲におけるローマ大賞に象徴されるように、クラシック音楽の原点の国だ。
日本ではポップスやボカロなどに流される傾向のあるピアノだけど、もちろん、それはそれでピアノの多様性という意味で、僕もとても大事なことだと思う。
けれど、PIANO CITY MILANOには、クラシックを演奏する人は真剣に、聴き手もリラックスしながら、でも、演奏者に敬意をもって、そんな環境がこの2つのコンサートには広がっていた。
日本で、こういう音楽祭をやろう!、と言ってくれる市町村はないだろうか。
(参考)
PIANO CITY MILANOのホームページ
ブルーノ・カニーノ(プロ・アルテ・ムジケによる紹介ページ)
黒田亜樹(ビクターエンターテイメントによる紹介ページ)